ベサメ・ムーチョ Besame Mucho(Embrasse-moi) ダリダ & dalida (トリオ・ロス・パンチョス) シャンソン版 / 訳詞初稿 Sima

ベサメ・ムーチョ Besame Mucho(Embrasse-moi) ダリダ & dalida (トリオ・ロス・パンチョス) シャンソン版 / 訳詞初稿 Sima

ベサメ・ムーチョBesame Mucho(Embrasse-moi) ダリダ & dalida (トリオ・ロス・パンチョス & Trio Los Panchos) br br すでにCover曲としてアップしてある作品ですが、新たに日本語の歌詞を付けましたのでピアニストの違うヴァージョンとしての紹介です。 br br 原曲は、ブラジルの女流ピアニスト&シンガー・ソングライターでもあった、コンスエロ・ベラスケス Consuelo Velazquez の作詞・作曲による1941年、最初の作品である。 br 我が子への愛おしさを歌った「カチート」も彼女の作品。 br ベサメ・ムーチョと言えば「トリオ・ロス・パンチョス」が周知ですが、英語の歌詞などもつけられてあらゆる歌手によって歌われ、世界中でヒットしていたこの曲をダリダが仏語のディスコ・ヴァージョンで発表したのは 1976年、彼女が43歳の時でした。 br 今回のアップは、このダリダの仏語を参考にして日本語歌詞をつけてみました。 br ダリダは、イタリア移民の子としてエジプトの首都カイロに生まれ育ち、1954年度の「ミス・エジプト」に選ばれ、1956年から歌手活動を開始した。 br 歌手・女優の仕事は、基本的にはフランス語で行っていたが、イタリア語、アラビア語、英語、スペイン語そしてドイツ語でも行い、日本語の作品もある。 br 40代の頃には、フランスの支配者ミッテラン大統領の愛人となっていたこともあったようだ。後年、度重なる失恋や恋人たちの自死や、最後の医師との 不倫に悩んだ末、「許してください,人生はつらすぎる。」という遺言を残して1987年5月3日、ウイスキーあおって大量の睡眠薬飲み、自宅で自ら54歳の人生の 幕を閉じた。 br 国内でダイアモンドディスクを初めて取得し、 フランスで最初にディスコミュージックを流行らせた歌手です。また、歌って踊るショー形式の大規模なコンサートを行った国内初めての 女性歌手でもある。 br 参考 br  「ブリュッセルに注ぐ雨」(雨のブリュッセル) br br  「それぞれのテーブル」 br         br  「めぐり逢いたくて」(めぐり逢うために) br         br 「人生を歌う」(これが私の人生) br         br br 訳詞・歌 Sima br Pf 江口純子  in 市川 ラ・メール br 訳詞 no.


User: chanson de Simacchi

Views: 74

Uploaded: 2016-08-01

Duration: 05:22